大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)2791号 判決 1979年2月27日

原告 栗山運輸株式会社

右代表者代表取締役 柴田盛男

右訴訟代理人弁護士 林義夫

被告 同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 細井倞

右訴訟代理人弁護士 安田喜八郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「(一)被告は原告に対し金二五〇万円およびこれに対する昭和五一年六月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は一般貨物自動車運送事業を営業目的とする株式会社であるが、被告との間で昭和四六年二月六日、被保険者原告会社雇用の自動車運転手仲田賢治、保険金額被保険者の死亡の場合五〇〇万円、保険期間同日から一年間、保険事故被保険者の交通事故による受傷またはその結果による死亡、保険金受取人原告とする団体傷害保険契約を締結した。

(二)  右保険契約は他人である仲田の受傷または死亡を保険事故とするものではあるが、右契約は原告の従業員を被保険者として原告が保険契約者として締結した団体保険である。商法六七四条が他人の死亡を保険事故とする保険契約の締結につき、その他人である被保険者の同意を得ることをその効力発生要件とした趣旨は、この種の保険は一般に被保険者の生命に対する犯罪の発生を誘発する危険があること、保険契約者ないし保険金受取人が自分と利害関係の薄い他人の生命を材料として投機をする弊害があることなどからこれを防止するためである。しかし、本件団体保険契約にはそのような危険や弊害はないので前同条の適用はなく、仮に仲田の同意がなくても、右契約は有効に効果を生じている。

(三)  仲田は同年四月二六日午前六時五三分ころ神奈川県足柄下郡箱根町大字畑宿字文庫山三九六の六番地先の道路上において訴外島元哲夫運転の大型貨物自動車に同乗していて交通事故に会った結果腰髄損傷、内臓破裂等の傷害を被り死亡した。なお、仲田の相続人は父伏野薫と母仲田美也子の二人である。

(四)  そこで同年六月一日原告は被告に対し交通事故傷害保険普通保険約款(以下単に約款という。)第二〇条に従って本件保険証券など所定の必要書類を添付して保険金受取人として保険金五〇〇万円の請求をしたところ、被告は仲田賢治の父薫の相続分相当額として保険金額の二分の一に当る二五〇万円を原告に対し支払ったが、残余の二五〇万円については母美也子作成の原告に対する保険金代理受領の委任状、美也子の実印の印鑑証明書の提出がないことを理由に原告に対しその支払を拒絶した。しかし、原告は保険金受取人としての固有の権利に基づいて被告に対し保険金の請求をしたものであり、美也子の代理人として同人の保険金債権につき権利行使したものではないから被告が原告に対し美也子作成の前記委任状等の提出を求めたことはまったく理由がない。

(五)  その当時美也子は所在が不明であったが、昭和四八年一月ころ同人は被告に対し賢治の死亡に基づく損害賠償請求訴訟を鳥取地方裁判所米子支部に提起し、昭和五一年三月六日同裁判所支部において被告が美也子に対し同債務二〇〇万円の支払義務があることを確認し、これを分割支払いする旨を約束した和解が成立し、その際同人作成の前記委任状を漸く入手することができた。被告の担当係員である黒田捷洋は原告に対し原告が前記の委任状等を提出すれば、いつでも残余の保険金二五〇万円を支払うことを約束していたので、原告は昭和五一年三月二〇日ころ被告に対し前記委任状および印鑑証明書を添付して同保険金の再度の請求をしたが、被告はその支払をしない。

(六)  よって、原告は被告に対し、本件保険金残額金二五〇万円およびこれに対する本訴状送達日の翌日である昭和五一年六月一七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁

(一)  被告は当初請求原因(一)のうち、保険金受取人が原告であることは否認するが、その余はすべて認めると述べたが、のちに被保険者を仲田賢治とする原告主張の保険契約が昭和四八年二月六日原、被告間でなされたことは否認する旨述べて、右主張部分の自白を撤回した。同(二)のうち、本件保険契約が原告主張のとおり原告の従業員を被保険者として原、被告間で締結された団体保険であることは認めるが、右契約について商法六七四条の適用がない旨の主張は争う。同(三)は認める。同(四)のうち、原告主張のとおり、原告がその主張のころ、被告に対し保険金請求をし、被告は原告に対し薫の相続分相当額二五〇万円を支払ったが、残余の二五〇万円については美也子作成の委任状の提出がなかったので支払を拒絶したことは認めるが、その余の主張は争う。同(五)のうち、その当時美也子の所在が不明であったこと、被告の担当係員である黒田捷洋が原告に対し原告が美也子作成の委任状等を提出すれば、いつでも残余の二五〇万円を支払うことを約束したことは否認するが、その余の事実は認める。同(六)は争う。

(二)  原告が仲田賢治を雇用したのは、昭和四六年二月二四日の午後であり、翌二五日には同時に雇用した島元哲夫と一緒に交替で大型貨物車を運転させて業務に従事させており、二六日早朝仲田が死亡する事故が発生している。原告が被告に対し本件団体保険契約について仲田らを新たに被保険者とする交替承認請求書を提出したのは同月二七日である。本件のような団体の交通事故傷害保険についても商法六七四条の適用があり、保険契約が効果を生ずるのには他人である被保険者の同意を必要とするというべきであるところ、前記交替承認請求書は右事故発生後原告が仲田の市販印を買い求めて、ほしいままにこれを使用して急拠作成したものであるから仲田の同意は得られていない。ちなみに仲田と共に同請求書に登載されている島元哲夫についても同請求書の記載は「島本」となっており、その名下の印影も「島本」となっているので、右の記載は同人のまったく関知しない間に原告が勝手に書くなどしたものであり、このことから仲田の場合についても同様であると推認される。したがって、仲田の同意がない以上、同人を被保険者とする同保険契約部分は前同条、約款一二条二号により効果を生じていない。

(三)  被告は前記のとおり同保険契約部分は無効なものであるが、できるだけ有効なものとして、保険金受取人は仲田の相続人である父薫、母美也子であるとして取扱い、同人ら各作成の委任状等の提出があれば保険金を同人らの代理人としての原告に対し支払う取扱をし、薫については右委任状が原告から提出されたのでその相続分相当額二五〇万円を原告に対し支払ったが、美也子についてはその委任状の提出がなかったので、同人の相続分相当額二五〇万円について原告に対し支払を拒絶した。本来、同契約部分は無効であるから、原告は保険金受取人にはなりえず、自己の権利として保険金請求はなしえない。

三  被告の抗弁

仮に原告が本件保険金受取人であるとしても原告が本訴を提起したのは昭和五一年六月八日である。右保険金債権の消滅時効は保険事故の発生日すなわち仲田賢治の死亡の日である昭和四六年四月二六日から起算し、二年を経過した昭和四八年四月二五日の経過をまって完成する。仮にそうでないとしても原告が最初に被告に対し保険金請求をした昭和四六年五月一八日から約款二一条所定の支払猶予期間である三〇日後の同年六月一七日から二年を経過した昭和四八年六月一六日の経過をまって(なお、原告主張のとおり最初の請求日が昭和四六年六月一日であれば昭和四八年六月三〇日の経過をまって)時効は完成している。被告は原告に対し昭和五一年八月一九日の本件第一回口頭弁論期日において時効を援用する旨意思表示をしたので、同債権は消滅している。なお、原告提起の本訴の趣旨が美也子の代理人として同保険金を請求している趣旨を含むとしても、同様に同人の同保険金債権につき時効は完成し、被告の前記の時効援用の意思表示はその場合の趣旨をも含むものであるから美也子の同債権は消滅している。したがって原告の本訴請求は理由がない。もっとも、昭和四八年三月末ころ原告の代理人として西田嘉晴弁護士が被告会社本店に来て美也子作成の委任状がなくても原告に対し保険金を支払えと口頭の請求をし、また、同年四月一七日付で原告が被告に対し「支払延期願」と題する書面を送付して来たことはあるが、原告はその後六か月以内に裁判上の請求等民法一五三条所定の手続を採っていないので、時効の中断は効力を生じていない。

四  被告の抗弁に対する原告の答弁

前記の保険金の時効消滅についての被告の主張は争う。

五  原告の再抗弁

(一)  被告の担当係員である前記黒田は原告が被告に対し本件保険金を請求した昭和四六年六月一日以来継続して美也子作成の委任状等が具備されればいつでも残金二五〇万円は原告に対し支払うと言い続けているので、被告は原告に対する同保険金債務の承認をしているので時効は中断している。

(二)  仮に右主張が理由がないとしても、1原告は前主張のとおり昭和四六年六月一日被告に対し本件保険金請求をしたこと、2黒田は原告に対し前記のとおり前記委任状等を具備すれば原告に対し残金二五〇万円をいつでも支払うと言っていること、3強度の公共的使命を有する保険会社である被告は可及的に加入者保護の見地から加入者である原告を指導し、或いは注意を喚起して保険金債権の時効消滅の不利益を被らせないよう努めるべき信義則上の義務があることなどから被告の原告に対する時効援用の意思表示は権利の濫用であり、その効果を生じない。

六  原告の再抗弁に対する被告の答弁

前記の原告の再抗弁(一)および(二)はいずれも争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告が一般貨物自動車運送事業を営業目的とする株式会社であること。本件保険契約が原告雇用の従業員を被保険者とし、保険事故を被保険者の交通事故による受傷またはその結果による死亡、被保険者の死亡の場合の保険金額を五〇〇万円と定めて原、被告間で締結された団体傷害保険であることおよび請求原因(三)の事実は当事者間に争いがない。被告は当初昭和四六年二月六日、被保険者を原告の従業員仲田賢治、保険期間を同日から一年間として右保険契約が原、被告間で締結されたことを自白したが、のちに右自白を撤回した。

そこで、右自白の撤回が許容されるかどうかについて検討する。

(一)  《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

1  原告会社は運転手約三〇人、事務員約一〇人合計約四〇人を雇用している貨物運送会社で、昭和四六年二月六日被告との間で原告の従業員を被保検者とし、死亡保険金の受取人は原告と定めて団体の交通事故傷害保険を締結したこと。

2  右保険の保険事故は約款第一、二条、四条等によれば、運行中の自動車等の交通乗用具に搭乗している被保険者が急激かつ偶然な外来の事故に起因して傷害を被ったり、または右傷害を被り、その直接の結果として、被害の日から一八〇日以内に死亡したときなどであり、原告が右保険に加入した目的はその従業員が業務上交通事故により傷害を被ったり、その結果死亡した場合にその損害金が労災保険等から全部填補されないとき、原告の損害賠償債務などを本件保険金で填補し企業に対する損害の発生やその発生の危険を防止し、間接的には従業員またはその遺族等の福利を図るためであったこと。

3  仲田賢治は原告が訴外島元哲夫と共に同年四月二四日昼ころ雇用した自動車運転手であるが、翌二五日には島元と共に交替で原告所有の大型貨物自動車に業務として乗務し、請求原因(三)のとおり交通事故に会って、即時またはその後間もなく死亡したこと。

4  原告は右事故が判明後翌二七日朝本件保険を取扱った被告会社北摂田中代理店を経営している田中久治を原告会社事務所に呼び、本件保険の被保険者の交替承認請求書の所定用紙に、従業員に交替があったので退職した林田泰外三名を被保険者とすることを止め、新規に雇用した右仲田外三名を被保険者として加えることを被告に対し届出る旨の右仲田らの氏名等の所要事項を、原告が作成したメモに基づき、合わせて作成日付を同月二四日として右田中に記載して貰い、別室で原告代表者柴田盛男が仲田ら新規の被保険者の名下にその各氏を刻印した印章を押捺したこと。

5  その印章は仲田についてはその出発前に同人から預ったものか、市販品を柴田らが購入して来たものか証拠上必ずしもはっきりしないが島元については同請求書の記載上その氏名が「島本哲夫」、その名下の印影が同様に「島本」となっており、その氏の記載等が明白に間違っているので、柴田らが市販品を間違えて購入して来たと推認されること。

6  同請求書は二七日朝作成して右田中が直ちに被告会社梅田営業所に提出し、同大阪支店長名義で右交替を承認する旨の手続が同日なされているが、被告はその承認のとき仲田らが前記の交通事故に会ったことは知らなかったこと。

(二)  右認定の事実によれば、被告の自白は真実に反し、かつ、錯誤に基づくものといえるのでその撤回は許される。そして、被保険者が誰れであるかは傷害または死亡を保険事故とする保険契約において契約の要素であり、本件のような団体保険においても、原告が新たに従業員を雇用した場合、そのときになんらの手続を要せず、当然に当該従業員が自動的に被保険者となってその者について契約が成立する旨の取極が原、被告間にあったと認める証拠はなく、また、そのような商慣習も存在しないので、原告は仲田を被保険者として同人につき契約を成立させるためには、原、被告間でその旨を合意する必要があると解される。そして、その旨の原、被告間に合意が成立した同年四月二七日には既に仲田について保険事故が発生し、同人は死亡しており、そのことを原告代表者柴田は知っていたのであるから、仲田を被保険者とする本件保険契約部分は商法六八三条において準用する同法六四二条により効果を生じていないといえる。

もっとも、《証拠省略》によれば、前記の交通事故発生前の同月二五日夜柴田から被告会社営業係員豊洲健夫に対し「実は四名が変ったから受付けて欲しい。」旨の電話があったことは認められるが、右豊洲がそれに対し承諾を与えたことを認めるに足りる証拠はないので、右事実をもってしても、前記の認定および説示を左右することはできない。

二  しかのみならず、原告が請求原因(二)において主張するように、本件団体保険の場合、被保険者の生命に対する犯罪発生の誘発の危険、投機ないし賭博的な悪用の弊害は一応存在しないと考えられるが、右保険は直接的には原告の企業に対する損害発生ないしその発生の危険を事前に防止することを目的とするものであり、右保険において被保険者の死亡を保険事故とする場合は生命保険に準じて取扱うのが相当であり、その場合原告にとって他人である仲田の死亡を保険事故とすることから、本件保険契約は同人の人格にかかわるものであり、かつ、保険金受取人である原告が同保険金の支払を受けた場合、それを全額遺族等に対する賠償金の填補に充当することを保障する法律的措置はなく、また、前記のとおり団体保険においては被保険者の生命に対する積極的な犯罪誘発の危険は一応存在しないと考えられるが、なお、保険契約者兼保険金受取人である企業等が、従業員を被保険者として同保険に加入していることに気を許して、労働条件や安全衛生設備の改善に意を払わず、消極的に災害事故を誘発する危険はある考えられる。しかも原告会社の場合、従業員として雇用されたとき、本件団体保険の被保険者となる旨の就業規則または労働協約上の規定があったことを認める証拠はなんらないので右保険契約の締結および保険金の使途に対する従業員等による集団的な監視・是正による合理的運用の保障も十分でないと思料される。

そうだとすれば、立法論はとも角として、本件保険について少くとも被保険者の死亡を保険事故とする部分については商法六七四条一項本文の適用があり、契約の効力発生要件として被保険者の同意を要し、なお、前掲甲第二条によれば約款はそのうえに単なる受傷にとどまる場合も含めてその第一二条において「保険契約の当時、同意を得ないで他人を被保険者とする右契約を締結したときは、右契約は無効とします。」旨定めて他人である被保険者の同意を保険契約の効力発生要件としている。そして、本件保険契約において被保険者である仲田が自己を被保険者として、原、被告間で右契約を締結することにつき、原告または被告に対し同意を与えたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、かえって前記一の(一)の3ないし5の事実によれば仲田は生前において本件保険についてはなんら知らされず、したがって右の同意はしていないと認められる。よって、同人を被保険者とする本件保険契約部分は効果を生じていないといえる。

三  もっとも、本件保険金額の半額二五〇万円を被告は、仲田の相続人の一人である父伏見薫作成の委任状等を提出した原告に対し薫の相続分相当額として支払ったことは当時者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告は仲田の同意はなかったものと考えたが、本件保険契約をできるだけ有効なものとして取扱い、保険金受取人は約款等の規定の趣旨により仲田の相続人である父母であるとみなして、父薫作成の委任状等を提出した原告を薫の代理人であると認めて前記の二五〇万円を原告に支払ったが、母美也子作成の委任状は原告が提出しなかったので残金二五〇万円については支払を拒絶したことが認められるが、前認定のとおり仲田賢治を被保険者とする原、被告間の合意がなされたのは既に仲田につき保険事故が発生し、それを原告が知ったのちであり、また、本件保険契約の保険金受取人は原告であって、被保険者仲田の右契約締結についての同意も得られていないので、右契約部分は効果を生じていないので、被告が原告に対し前認定のとおり二五〇万円を支払った措置はあくまで恩恵的、便宜的な措置であって、それによって、信義則上も、本件請求にかかる残金二五〇万円についての被告の原告に対する債務の成否に関する法律的な判断が影響を受けるとは考えられない。

四  以上説示の次第で、仲田を被保険者とする本件保険契約部分はいずれにしても効果を生じていないので本件請求にかかる保険金残金二五〇万円につき被告の原告に対する支払債務は成立していないので、その余の判断をするまでもなく、原告の本訴請求は理由がないので、これを全部失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 片岡安夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例